
この前、といってももう2ヶ月も前のある晴れた秋の日のことなんだけれど、ちょっと野暮用があって故郷に帰った。仙台。ずいぶんと久しぶりじゃないか。10年ぶり? そりゃあ新幹線に乗ればたった2時間で帰ってこれるよ。でも、もうすでにババアも死んでしまったし、本来ぼくが相続するはずだった家も人手に渡ってしまったし、親戚との付き合いもない家族も親族もいない、友人知人ともさよならしたっきり、およそ土地との縁というものがなにもかも切れてしまったぼくにとって、そこは思い出だけの場所だ。幼き日の、幸せだったころの思い出だけ。

野暮用を終えて時間が空き、ホテルへ帰るのにもまだ早い時間だったので市内の中心部、青葉通りや広瀬通り、常禅寺通りなんかをぶらぶらと歩いた。まったくこの街は相変わらず美しい街だ。立派なけやき並木、イチョウ並木、まったく美しいじゃないか。ぼくが東京で、阿佐ヶ谷の街を愛してるのも、もしかしたら自分が育った故郷の街にちょっとだけ似ているからなのかもしれないなあ。なんてことを思いながらぶらぶらと歩いたわけだ。

仙台の中心部を縦横に走るアーケード街。中央通りや一番町、ここは夏になると七夕祭りの飾りで彩られる。この日も10年前のあのころと変わらず買い物客でにぎわっていた。それにしてもこいつはなんなの? 伊達政宗みたいなおにぎりみたいな子。駅にもいたけどなんだかかわいいやつ。どうやら『むすび丸』という名前らしいですぞ。

(@盆@)=3 こいつ、なんなのもう!かわいい!やだもう!

仙台駅前に戻ったときにエンドーチェーンが営業しているのに気がついた。エンドーチェーンは小学生のころのぼくにとっては夢のようなデパートだった。『大恐竜展』で巨大な恐竜の化石をぼくは生まれて初めて見た。恐竜の卵の化石を触って「君は恐竜の化石を触ったんだよ」という立派な証明書をもらった。『生きた化石シーラカンス展』ではシーラカンスの剥製を見てギョッとした。『大エジプト展』だったか『ツタンカーメン展』だったかは忘れたけど、エジプトのピラミッド展ではピラミッド型のプラスチックケースに本物のピラミッドの(付近の)砂をつめたものをもらったりした。あれ、どこにいってしまったんだっけ? 大切にとっておいたのに。上京するときにもってくればよかったなあ。そしたら、きっといまでも大切にしてたはず。
とにかく、ぼくが子供のころのエンドーチェーンは幼いぼくをドキドキさせるような催し物をいっつもやっていて、ぼくは当時まだ元気だったババアに連れられて、エンドーチェーンに行くのがすごく楽しみだったのだ。ババアはババアでデパートで買い物をするのが好きな買い物ババアで、ぼくは大恐竜展のようなそういう催し物が大好きで、おもちゃ売り場が大好きで、本のフロアが大好きだった。一日中そこにいても飽きなかった。恐竜の卵の前に何時間もへばりついているような子供だった。ババアもそんなぼくの性格を知っていて、もうずっと夕方、外は日が暮れて真っ暗になってからぼくのことを迎えにきた。「ニグロー、もうじゅうぶん恐竜は見たべな。そろそろ帰っぺ」「いやだ。ぼくは帰らないよ!」まったく、ぼくはいつもババアを困らせていたっけ。ババア、ごめんな。でも、本当に帰りたくなかったんだよ。ずっと恐竜の化石を見ていたかったんだよ。

ふらっとぼくはエンドーチェーンに入った。当時とちがって、いまその場所は『EBeanS』という名のテナントビルになっていた。でも建物は当時の面影がある。エスカレーターやエレベーターもあのころのままだ。ぼくは何気なしに屋上へと向かった。エンドーチェーンの屋上というのはこれまたぼくの思い出のつまった場所で、夏はプール、冬はスケート場になっていたのだ。ほかにもゲームコーナーやお城のような遊具、戦隊ショーが繰り広げられるステージなんかがあって、まったく子供にとっては至れり尽くせりのデパートだったのだ。あと、すごいことにエンドーチェーンは1Fのスタジオでローカルテレビの中継なんかもしていた。日曜の朝に『ドッチラチン』という子供向け番組を放送していた。まったくすごいデパートだった。もちろんぼくはいつもその番組を見ていた。そしてエンドーチェーンの屋上は本当にすごい場所だった。
エレベーターのRFのボタンを何気なしに押すと、エレベーターがぼくを屋上まで運んだことに、ぼくは驚いてしまった。まさか屋上に行けるとは思っていなかったのだ。

(@盆@)うわー!
ぼくは大きな声を上げた。そこには広い屋上が一般に開放されていたのだ。大人向けのテナントビル『EBeanS』となってしまったいまでは、そこに子供たちはひとりもいないけれど、でも確かに昔は、ぼくはここで遊んだ。夏はプールで冬はスケートで。ヒーローショーを見たんだ。確かにぼくはここにいた。君に知って欲しいんだ。ぼくは昔、ここにいたんだよ。

屋上にはいくつかのベンチ並んでいて、真ん中に機関車の形の遊具がふたつ、そしてステージがひとつあった。ステージには『懐かしの屋上復活祭』と書かれている。どうやらここでイベントが執り行われたらしい。ただ今日は、この屋上にいるのはぼくひとりだけだった。ほかには誰もいない。大人になったぼくが、ひとりいるだけだった。

こんなに小さかったっけ? エンドーチェーンの屋上はぼくの記憶よりもずっと小さかった。ぼくは何十歩か歩いてぐるりと屋上を一周した。ゆっくりと、静かに、ときどき止まって。そして人工芝に寝ころんだ。

デパートの屋上で、仙台の青い空が広がっていた。それは子供のころに見た青空と、なにも変わっていなかった。どこまでも青かった。そして、ぼくは悟った。自分の本質があのころとなんにも変わっていないことを。子供も作って、うわべばっかり大人になったけれど、なあんにも変わってないの。恐竜の化石に夢中だったころと。
そのあとぼくはホテルに戻り、夜になって繁華街に繰り出し、そこで酔った。国分町はたくさんの人でごった返していて、ぼくはそこでうまいものをしこたま食べて、ちょっとしたいい旅だったなと思った。牛たんうまいぜ。女はきれいだぜ。そしてあのころには戻れないけどそれがいいのだぜ。キュンとした気持ちのままビールを飲んだ。そういえば女房に「萩の月買ってこい」っていわれてたな。明日、駅で買って帰ろうっと。仕事、山ほど残ってんなあ。会社にめんどうくさいこと押しつけられたからなあ。会社はめんどうなことはぜんぶおれに押しつけるんだから。ま、帰ったらひとつずつ片付けるか。

それにしてもあれだよな、このおにぎりのやつ、かわいいぜ。
おみやげにこの子のストラップを買って帰ったら、彼女が「おにぎり丸っ!」と呼んでいた。いや、この子の名前は「むすび丸」っていうんだよ。ま、別におにぎり丸でもいいけどさ。

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