別れた女の夢を見た
自分が見た夢の話なんてすごく個人的なことだし、内容だってぼやぼやととりとめのないものだし、何よりもオチがないじゃないかオチンチンが。そんなものはわざわざ人に話すようなことじゃないってことは、ぼくもわかっているつもり。
でも考えてみると、敬愛する漱石先生も「夢十夜」を、敬愛するというよりはぼくの「文学的ヒーロー」であるジム・キャロルも「夢うつつ」を書いている。(あ、ジム・キャロルのはヘロインによる幻覚の描写だった)夢の話もそれはそれでいいのかもしれない。なのでぼくもちょっと真似してみたいお年頃。
こんな夢を見た。
小雪が舞い、寒い風が吹いている。ぼくは革ジャケットのポケットに手を突っ込んで、いかにも東京の東部に実在していそうな鄙びた商店街を歩いている。吐く息がやけに白い。マフラーに顔をうずめながら歩く。
「喫茶のーぶるはどこだろう?」
ぼくはそこに行かなければならない。その場所で誰かがぼくを待っている。
「確かここらへんのはずなんだが…」
埃っぽいバス通り沿いの道を何度も行ったり来たりしていると、突然有線放送が聞こえてきた。流れているのは、ぼくらの思い出の曲だった。ああわかった。これをリクエストするのはまり子、君しかいないよ。
これでもう迷うことはない。彼女が待っている場所がわかった。ぼくは今やって来た道を戻り、商店街の定食屋や金物屋を越えて、十字路の角にあるさっきは通り過ぎてしまったその小さな喫茶店を見つけることができた。
カランコロンとドアを開けて中に入ると、そこに彼女はいた。テーブルが三つしかない古い喫茶店の奥に座っているまり子。ぼくは椅子に腰を下ろすと何も言わず彼女を見つめた。口をつぐみ、細い目がさらに細く、優しげな顔でぼくの顔を見るまり子。
何も言葉はなかった。でもすべてがわかった。まり子は今でもぼくを待っていて、ぼくを許し、今でもぼくを受け入れる用意があるんだと。そしてこの世界ならふたり一緒にやっていける。
雪原の中を音をあげて北へと走る列車の寝台車。毛布をふたりで分け合って、まり子のほとんどふくらみのない胸を触る。まり子の細いからだ。あそこに手を伸ばすとやっぱり彼女は濡れていて、すると昔のようにお姉さんぶってぼくの上に乗り、優しくぼくを愛撫してくれた。
「ずっと待ってるんだから。ずっと待っていたんだからね」
目が覚めると、甘くて、でもビターな気持ちで胸がいっぱい。歯磨き粉も甘苦い。嗚呼、まり子。優しい年上の女。おれのわがままをいつも黙って聞いてくれた女。またもう一度抱きたいよ。いまごろどうしてゐるのやら。
ほんにわかれたあのをんな
いまごろどうしてゐるのやら
ほんに別れたあのをんな、
いまに帰つてくるのやら
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別れた女、みんな今でも恋しくてたまらない。つまりおれの心は傷だらけ。ズッタボロもいいところ。
m9(@盆@)=3 おまえらに昔の女を想う三十男のこの切ない気持ちがわかるかー!
【再掲】別れた女の夢を見た(初出2005年12月14日)
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