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2008年8月14日

おれのコロコロ伝説



おれはね、子どものころさ、あ、君、コロコロコミック知ってる? うん、そう。おれはコロコロコミックのことが大好きだったんだよね。あのころの幼いおれったら毎月15日の発売日がもう待ちきれないの。ほんとに指折り数えて、あと三日。あと二日って、そんな具合で。

もちろん、ドラえもんもオバケのQ太郎も大好きだったよ。そしてあのころのホビーまんが。「ゲームセンターあらし」とか「ゼロヨンQ太」とか「ラジコンボーイ」とかさ。いっぱいあった。「プラコン大作」も好きだったなあ。あのころのジャリカルチャーって、ほんとに最強。おれはいまの世代でよかったよ。あのころに少年家業をやってて、本当に良かったと思ってる。しあわせだった。

ガンプラに関してはさ、「プラモ狂四郎」の載っていたボンボンだったけれど、おれはコロコロとボンボンを二冊同時に買っていた幸せな子供だったのでそれはちっとも構わなかった。そのぶんコロコロにはマクロスのプラモが出てくる「プラモ天才エスパー太郎」という超能力でプラモと一体化するというちょっと変な漫画が載っていたが、そのちょっと変な部分を含めておれは好きだったのでちっとも構わなかったんだ。

そんなコロコロ大好き少年だったおれたちに対して、コロコロコミックが初めて『コロコロ応援団』募集の企画をぶちかましたのは、おれが三年生か四年生の時だったろうか。

『コロコロ応援団』─コロコロコミックの公式サイトを見ると、現在も団員の募集をしている。入団するとメールマガジンが届いたり、ログインするとポイントがたまったり、オリジナルの団員証などがもらえるみたいだ。なるほどイマ風じゃないか。

栄えある初代コロコロ応援団だったおれたちの時代は、もちろんインターネットなんか無かった時代だったので、五人の友達を集ってその中のリーダーがコロコロコミック編集部に封書で申し込むというシステムだった。応募者全員にはコロコロ応援団の証である「コロコロ応援団バッヂ」がもらえる。そしてリーダーの団長にはコロコロのドラゴンのマークが燦然と輝く、ペラペラの布で出来た団旗が一枚おくられてきた。

そしておれはリーダーだった。当時のおれはリーダー的素質がぷんぷんとあった。なぜならおれが持っていたラジコンはグラスホッパーよりも高級なマイティフロッグで、タミヤのラジコン大会でも決勝まで残ったり(惜しくも優勝はできなかったけれど)、チョロQもゼロヨンQ太と同じ、幻の豆ダッシュ(フォルクスワーゲン)を所有していた。プラモデルも近所のプラモ屋のショーケースに飾られるぐらいの、これがなかなかの腕前で、おもちゃ屋が開催したプラモ大会では中学生を退けて優勝したりもした。もしプラモシミュレーションが現実にあったのなら、サッキー竹田ともいい勝負をしたんじゃないかと思う。まさしく、おれ鈴木少年はちん小(仙台市立ちんぽこ小学校)のキング・オブ・ホビーだったのだ。

一枚しかなかった我々初代コロコロ応援団の団旗は、普段は団長であるおれの子供部屋に飾られていたのだが、おれもそれを独り占めをするつもりはなく、団員の間を何度も行き来していた。神聖な団旗だもの。これはみんなのものなのだ。団旗とは団の魂。土をつけることすら許されない。そういうもんでしょ。


しかしあるとき、その神聖な団旗をうちのババアが燃えるゴミとして捨ててしまった。


ババア死ね。いやもうババアはとっくに死んでるんだけど。でもそのころは元気に生きてた。しかし、だいたいこの事件の前からババアはおれのコロコロのバックナンバーを無断で捨てておれと大げんかをしたり、非常に素行が悪かった。愚かな大人なので大事な物の価値がわからないんだよね。しかし、いくらババアをなじっても泣いて喚いても捨てられた物は帰ってこない。つーか、団旗ヤベエ!団旗が無くなっただなんてとてもみんなには言えないよ!ブッチャやホリQたちにどうやって説明すんの?どうすんのおれ?団長はピンチだ!

窮したあまりに学校を休んでしまったおれは、小学館のコロコロコミック編集部あてに一通の手紙を書いた。だいたい、こんな感じの手紙だ。


コロコロコミックへんしゅう部様

ぼくはコロコロおうえん団の団長のくせに大事な団きをババアにすてられてしまいました。ごめんなさい。本当にごめんなさい。でもなくしたことをどうしてもともだちには言えません。だってぼくは団長ですから。おねがいです!ぼくの1か月分のおこづかいを入れたのでもう1枚団きを送ってください。
おねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいしますおねがいします!

鈴木ニグローより 


手紙には、その当時に登場したばっかりのピッカピカの500円玉を同封した。おれは「どうか編集部の人に届きますように」とお祈りをしてポストに投函した。なんったって遙か遠い東京へと手紙を出すんだからな。お祈りするのは当然だ。

それから数日の間のおれは、学校へ行ってもなるべくブッチャやホリQ・エロミツなどの奴らとの接触を避け、もちろんコロコロの話題や応援団の話題なんて避けて過ごした。放課後も誰も部屋に呼ばなかった。ちょっとばかり不安な日々が続いた。

手紙を送ってから数日後、誰とも遊ばずに部屋でひとりゲルググを作っていたおれを階段の下からババアが呼んだ。「ニグローっ!東京のケロケロコミックの人から電話だよーっ!」

「わーっ!出る出る出る出るっ!」

階段を転がりながら落ちて、電話に出た。あとそれからなババア、ケロケロコミックじゃなくてコロコロコミックだからな。間違えるなよ!


「コロコロコミック編集部の○○です。鈴木くん、手紙読んだよ。団旗は新しいのを今日送ったので安心してね。明日には着くと思うよ。あと500円玉はいらないよ。大事なおこづかいだからね。いっしょに戻しておいたからね。鈴木くん、これからもコロコロの応援をよろしく頼むずぇー!」


あれから20年以上が経っているにも関わらず、おれはこのときのコロコロ記者が発した「これからもコロコロの応援をよろしく頼むずぇー!」というセリフをいまも鮮やかに憶えている。当時の鈴木少年にとって、コロコロコミックの編集者という人は雲の上の人だったからな。そんな人が「よろしく頼むずぇー!」なんてちょっぴり恥ずかしいセリフを言ったのが印象的だったのだ。

約束通り団旗は次の日、家に届いた。やっぱり「コロコロコミックを応援してね」という直筆の手紙とともに500円玉も戻ってきた。そうして鈴木少年は団旗を無くすという失態を団員に知られることを、友人から軽蔑されることを免れた。そして鈴木少年は、無料で新しい団旗を送ってくれたうえに、地方に住む名もないひとりの小学生に思いやりあふれる電話までくれたコロコロコミック編集部に心から感謝した。本当に格好いいと思った。「ぼくも大きくなったら記者になろう」と誓った。読者を大切にする記者になろうと思ったわけだ。

…あれから大きくなった鈴木少年は、一橋とか音羽のような格好いい大手出版社ではなく、まったくもって吹けば飛ぶようなショボイところだけど、しかも作ってるのはしょーもないエロ本だけど、雑誌の編集者という商売をやっている。なぜなら、あのとき感じた思いを忘れることができなかったからだ。ま、つまり、子どものころのささやかな夢を、大人になってからささやかに叶えたってわけだ。

仕事はそれなりに大変で、それなりにつらいこともある。決して華やかな世界でもないし、別に周りもいい奴ばかりじゃないけれど、まあそれなりに絶望せず腐らずがんばってる。好きでやってるわけだしね。それに、当時の鈴木少年の夢を汚すわけにはいかないじゃんか?

おれは小学生の娘もいる30代のおっさんだけど、変な話、おれの胸の中に住んでいる少年はまだ敗北していないようなそんな気がしてる。なんか、まだあのころのままちゃんとした大人になってないような、そんな気がしてるんだよ。その辺のお姉ちゃんとSEXして、たまにパチンコなんかして、仕事帰りにふらっと飲み屋に行ったりしてる、立派な、いや別に立派でもない大人だけど、でもやっぱりあのころのおれが、プラモとかラジコンとかファミコンとかが大好きだったおれがいまでもおれんなかにいる、そんな変な感じがしてる。

たとえば暑い夏の日、ビルの隙間から入道雲がもくもくと見えたりなんかすると、格別にそう思う。やっぱりいまでもそう。わけもなく、ワクワクしてきて走り出したくなってくるときがある。明日も仕事に行くけれど、たぶん残業だけど、それでヘタをすると上司にイヤミなんか言われたりもするけど、ついでに愛人の女が面倒くさいわがまま言ってきたりもするけれど、でもそれでも、なんか意味もなくワクワクして走り出したいとき、あるね。困っちゃうほんと。いつまでも子どもで。


【再掲】おれのコロコロ伝説(初出2007年7月9日)


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